2011年4月9日土曜日

京大原子炉実験所 小出裕章さんへのインタビュー内容

’68年に東北大学工学部原子科工学科に入学。

原子力発電をどうしてもやりたいと思ってその学科を選んだ。

宮城県仙台市。当時女川町に原発建設の動き。

原発はすばらしいと思っていたので、宮城で一番電気を使う

仙台市に建てればいいと思っていたら、

東北電力は70km離れた女川に。


それに疑問を持ち、その答えを探し求めた。


そして原発は都会にはつくれない危険なもの、

だから過疎地から送電線を引くのだということが分かった。


それは自分の生き方には相容れないもの。


それで180℃、態度を変えたのが1970年の秋。


76年から京大で、原子力というのはどのような危険を

内包しているのかを明らかにする仕事をしてきた。


原子炉実験所は原発推進とはまったく違う。

中性子利用を考えるための道具としての原子炉を作った。

原子炉そのものは目的ではなくて、道具で、それを使って

自分たちが実験をする。

自分は原子力を廃止したいと思って研究している。
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原子力発電ウランを燃やすと必ず核分裂生成物(放射性物質

死の灰ができる

原発をやれば、沢山の放射性核種膨大な放射能を生み出す。

一日で広島原爆の3倍~4倍。

1年稼働させれば広島原爆の1000発分を、原子炉内にため込む。

それが毎日でも環境にでれば大変だと、

(関係者は)みんな知っていたので、だからこそ都会には建てない


日本にある54基は、大小があるが、基本的に大体100万Kw。

1966年に東海が稼働し始めて45年。

その45年間に生んだ核分裂生成物広島原発の120万発分
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原子炉はウランを核分裂させてエネルギーをとりだす。

100万Kwの原発とは、電気になる分だけ。

炉心の中には300Kwの熱があり、その3分の1が電気になるだけで、

残りは海に捨てるしかない。

つまり海を暖めるだけの、実に非効率な装置

200年前にG.ワットが蒸気機関を発明した当時のまま、

今でもそれを使っていて、熱効率は3分の1。66%は捨てるしかない。

1秒間に70トンの海水を引き込んでその海水を暖めて海に戻す。

海水の温度を7℃上げる。

海の生き物は普通には生きられない

暖かいのが好きな生き物が新たに来るかもしれないが、

少なくとも生態系は破壊される

世界平均の海水温度の上昇度にくらべると日本近海は

何倍も温度があがっている。




54基の日本の原発が1年間でどれくらい温排水をだすことか。

放射性物質あらゆる意味で人体に危険

環境や人体に影響がないというのは一切誤り




日本スピーディ(SPEEDI)をもっていて事故発生時から

観測しているが、それを公表しなかった

パニックを煽るだけと。

本当は時々刻々そうしなければならないのに。

日本原子力研究機構が出していない




日本の政府が恐れているのは、住民被ばくではなく、パニック

私はパニックをおさえるには唯一の方策として情報を

公開すべし、というもの。

日本の政府はよらしむべし、知らしむべからずという、

従来のやり方が今もある。




「原子力」と「核」は違うものと人々は思い込まされているが、

本当は同じもの

日本の国が原子力を推進してきた、その根本に核開発、

核兵器所有の希望があったことはNHKの番組でもあった
(「核を追い求めた日本」)。

原子力では事故が起こるが、その恐怖を超えて、

さらに政治的に社会的に、そういう問題が根底にあり、

今後、自民と民主の大連立になったときに、

ますます強化の方向に向かうと思われるし、

危険な時代に滑り落ちていくことになるのだろうと思われる。




日本人は海は広いから薄まると考えるが、

薄まるということ汚染を広げることで、

原子力から何の恩恵もなかった国にまで、

世界に汚染を広げること

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